他人に依存しない生き方を教えてくれる『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』読書レポ

書籍『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である」』 読書レポート

「あのとき、ああ言ってしまったけど、あの人はどう思ったかな…」

「あのとき、あの人に対してこう言えば、違う結果になったかな…」

私は、こんなことを思うことが頻繁にありました。

仕事が終わった後や人と話した後、twitterでつぶやいた後など、どんな場面でも「人がどう思ったか」を考えていたのです。

そんな日々を過ごしていた私は、

「なんか私、いつも人の目を気にしているな…疲れたな…」

と感じることが多くなり、同時に

「しばらくあまり人と接しないで、一人の時間をたくさん作ろう」

と思うように。

でも、いざ一人の時間を作ると、どこか寂しい。

周りは友達や仲間と楽しそうにコミュニケーションをとっていて、「うらやましいな…」と思ったり。

そんなとき、精神科医の名越康文先生が執筆した『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』という本に出合いました。

この本のタイトルを見たとき「ひとりぼっちは、生きるうえで良いことなの!?」と驚きを覚えたものの、「ひとりでもいいんだ!」と思えてきて、少しホッとした気持ちになりました。

でも実際に本を読むと、「人の目を気にしている」=「人への依存心が強い」ということが分かり、自分の自立心のなさを痛感させられました。

今回は、この『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』を読んで思ったことをまとめます。

※ここで書いた感想は、私個人の見解です。

孤独感を覚えるのは「他人=群れへの依存心が強いこと」の表れ

第1講「あなたは群れの中で生きている」に書かれている内容です。

「ひとりぼっちで過ごす」ことにさびしさや孤独感を覚えるとすれば、それは結局あなたが、今、所属している群れ―会社や家族、友人―を失うことに、強い不安と恐怖を覚えているからに他なりません。

私たちは、物やお金を失うことよりも、所属を失うことを強く恐れています。それは要するに「群れへの依存心」です。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p37

ほとんどの人は、周りから仲間外れにされたら、すごく嫌な気持ちになるのではないでしょうか?

私も同じ気持ちになりますが、どちらかというと1人で過ごす方が好き。

それなのに仲間に入れてもらえないと「寂しいな」と思ってしまう…。

矛盾しているように見えますが、要するに私は「1人は好きだけど、孤独は嫌」なんだと思います。

孤独を覚えるときは、「寂しい」という気持ちと同時に、「私を置いていかないで!」という気持ちにもなります。

これが、「恐怖心」なんだろうな…。

そしてこの本で名越先生は、孤独に対する恐怖心は、他人=群れへの依存心である、と言っています。

「依存」と聞くと、「なんでも人に任せる・委ねる」というイメージを持っていたので、「孤独感を感じることは他人への依存心の表れ」というのは、ちょっと驚きました。

でも思い返せば、私は人の意見に流されやすかったり、人任せになってしまったりするところがあるな…と。

自分の代わりに意見を言ってくれたり、作業をやってくれたりする人から離れて一人になってしまったら、どうしたらいいか分からなくなる。

「何も分からない」というのは、とても怖いこと。

だから、孤独が嫌なのかな、と思いました。

自立してないな、私…。

ひとりで過ごすときは「今」に集中する

こちらも、第1講「あなたは群れの中で生きている」に書かれている内容。

私たちは無意識のうちに、社会や周囲の人間関係によって生じる「群れのルール」に支配され、疲弊しています。だからこそ定期的に群れから離れた「ソロタイム」を過ごし、心と身体の疲れを癒しておく必要があるのです。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p52

確かに、よく考えると、日常生活のほどんどが「群れのルール」だらけで、それに従って日々過ごしていることが多いなと思います。

たとえば、仕事だったら「何時までに出社しなければならない」とか、住んでいる地域でいえば「燃えるゴミは月曜日に出さなければならない」とか…。

「なんか疲れたな…」と思うことを振り返ると、それは「他人のためにやっていること」が多いような気がしますね。

ルールに従うことは、自分と他の人がお互いに気持ちよく過ごすために必要不可欠なこと。

でも、群れのルールに従うことによって蓄積される疲れを取るためにも、名越先生は、ひとりぼっちで過ごす時間=ソロタイムを作ることを推奨しているんですね。

そして名越先生は、こんなことも言っています。

ここでひとつ、ソロタイムを満喫するにあたって重要なポイントをひとつ、紹介しておきましょう。それは、「目的意識」をできる限り、捨てることです。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p52

「目的意識」って、確かに持ってしまいます。

たとえば本を読むとき、「何ページまで読もう」とか「今日はこの本を読み終えよう」とか。

でも、本当の「ソロタイム」は「本を読むこと」だけに集中する、つまり、「今自分がやっていることだけに集中する」ということなんだろうと思います。

「今」にだけ集中していれば他のことは考えないから、「ソロタイム」になるんでしょうね。

嫌なことがあったときは一人で癒す

嫌なことがあったとき、つい誰かに「聞いてよー!こんなことがあってさー、嫌になっちゃう!」と言って、話しを聞いてほしくなりますよね。

誰かに話すとすっきりしますし、聞いてくれた人が「大丈夫だよ~」と言ってくれると、気持ちが落ち着くこともあります。

でも、名越先生は、こう言っています。

心が傷ついた時、私たちはつい「誰かになぐさめてもらおう」と考えがちです。でも、自分の心の隙間を他人に埋めてもらおうとする試みは、必ずと言っていいぐらい、失敗します。それは結局、群れの中で傷ついた心を群れの中で癒そうとしているからです。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p58

私にとって、驚きの内容でした。

「誰かに愚痴を聞いてもらって、癒してもらう」というのは、「他人と私という群れの中で、癒してもらう」とイコールなのだと。

結局、日常生活で生じる疲労の一因である「群れ」の中で癒されようとしている、ということですね。

思い返せば、新卒で入社した会社では、仕事と人間関係の両方で悩んで、毎日ボロボロだったのですが、そのとき仲の良い同期に愚痴を聞いてもらっていました。

同期であれば、職場環境も仕事内容も分かっているし、私の気持ちも分かってくれるだろうと。

でも愚痴を言っているとき、仕事や職場の人のことを思い出しながら話していたな…と。

同期に愚痴を聞いてもらってすっきりはしましたが、それも一瞬のこと。

すぐ「あー明日からまた仕事だ…」という気持ちに切り替わってしまっていたことを思い出しました。

普段自分が過ごしている「場」や「空気」から離れないと、群れの疲れは癒すことはできません。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p58

「群れ」といることで感じた嫌なことは「群れ」の中で癒さず、一人で癒さないと疲れは取れない、ということですね。

ちょっと話がズレるかもしれませんが、お笑い芸人のみやぞんが、あるテレビ番組で「自分の機嫌は、自分でとる!」と言っていたのを思い出しました。

「誰かに話を聞いてもらって癒され、ご機嫌になる」というのは、「その人に依存している」ということなのかも。

経済的に一人で生活するだけが自立ではなく、自分で自分のことを癒すという気持ちの面での自立もしなければならないのかもしれません。

他人を責めるのではなく自分のやるべきことをしっかりやる

第3講「自分の心に打ち勝つ」の内容です。

暗く、澱んだ気分は、私たちから「自分のタスク」に向き合う余裕を奪い、他人を責め立てる思考を呼び寄せてしまうのです。

そんな時、私たちがまずやるべきことは、自分が取り組むべきことと、相手が取り組むべきことを、区別することです。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p110

嫌なことがあると「あの人がああしたから、嫌な気持ちになった!」と、つい他人を責めてしまいます。

でも、そういう風に他人ばかり責めていると、一歩も前に進めない。

「他人を責める」ということは、「あの人が、こういう性格になってくれたらいいのに!」という、やはり「他人に依存している」ということとイコールなんですよね。

他人の性格や行動は、簡単に変えられない。

その人を責めるより、こちらはこちらで、やるべきことをやった方が、早く前に進めるのでしょう。

すぐ他人に牙を向けるのではなく、自分のことを見つめられるようにするためにも、ソロタイムを持つことが大切なんだろうな、と思いました。

人の役に立ちたいと思ったら、自分のタスクをしっかりやって自分を変える

ただ、本当に心から他人の役に立ちたいと願うなら、まずは、自分を変えることから始めなければなりません。なぜなら、私たちは油断するとすぐに、自分の思うように動いてくれない他人を責め立ててしまう生き物だからです。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p113

「あの人の役に立ちたい!」と思ってとった行動に対して、「ありがとう」と言われなかったり、思うように貢献できなかったりするときって、「なんで感謝されないんだろう…」とむなしくなることってありませんか?

承認欲求が満たされないのですね。

でも、こういうのも、やはり「他人に依存している」のとイコール。

役に立ちたい=貢献というのは心からやるものだから、本当は「ありがとう」とか言われなくても、何も思わないはずなんですよね。

それなのに「何も感謝されない!」と思ってしまうのは、「あの人の役に立ちたい!」というよりは「あの人に認められたい!」と思って行動しているからなんだろうと思います。

そして、認められないと、「なんで認めてくれないんだ、こんなに頑張っているのに!」とその人を責める。

これも、やはり他人への依存。

自分のやるべきことをしっかりやれば、おのずと十分に人の役に立つんだろうな。

他人に対する「怒り」は「承認欲求」の表れ。自分と向き合えば怒りもおさまる

他人から認められたいと思う気持ちは一般的に「承認欲求」と呼ばれます。私はこれを含めて、もっと根本的な欲求として「集注欲求」という言葉を使っていますが、集注欲求とは要するに、「自分に注目を集めたい」という欲求のことです。

(中略)

集注欲求は、心理学的に見れば、怒りと深い関係にあります。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p135

人に認められたいなと思ったことがある方は多いと思いますが、それは怒りと関係があると名越先生は言っています。

最初この内容を見たとき理解できなかったのですが、よく考えると「確かに怒りだな」と納得できました。

頑張っているのに人に認められないと、「なんで認めてくれないの?」とイラっとしますよね。

つまり、これは怒り。

一見すると、怒りでないと思っていたことも実は怒りで、承認欲求であることが多いということにも気づかされました。

たとえば、

  • 「あの人にあんな言い方されちゃった…」と凹む
    → 実は「なんであの人は、あんな言い方するの?!」といった怒りで「もっとこういう言い方をして、やさしくしてほしい!」といった欲求
  • お隣さんとすれ違って挨拶したけど無視されて凹む
    → 実は「なんで挨拶してくれないの?」といった怒りで「私と会ったら挨拶してほしい!」といった欲求

などなど…。

こう考えると、「普段、怒りでいっぱいの日って多いな…」と思いました。

同時に、自分が恥ずかしくなってきました。

他人に抱いている怒りには「自分に注目してほしい!」という欲求も含んでいるからです。

怒りで一日埋まってしまったら、すごくもったいない。

ソロタイムを定期的に作って次第に自分と向き合うことができるようになったら、このような他人への怒りは少なくなり、毎日がもっと楽しくなるかもしれないな、と思いました。

変わりたかったら小さなことから始める

第5講「人生を変える習慣の力」の内容です。

なぜ、私たちはなかなか、本気になれないのでしょう?それは、私たちは本音のところで「できるだけ楽をして変わりたい」と思っているからです。

(中略)

しかしながら、慣れ親しんだ習慣を変えることは、それ自体が「負荷」なのです。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p195

嫌なことがあったら自分を変える、人の役に立ちたいと思ったら自分を変える…。

でも、自分を変えたいと思っても中々変えられないのは、他人に対して不満があっても、ずっと慣れ親しんでいる環境で楽だから。

本気で自分を変えたいと思ったら、すぐに動くはずなんですよね。

でも動けないということは、どこかで「このままでいいや~」と思っているんだろうな…。

変わるために行動したら、その先に困難が待ち受けているかもしれない。

困難はあまり直面したくないことだから、不満があっても今の状況に身を置き続けるほうがいいと思ってしまうんですよね。

では、どうしたら自分を変える一歩へ進めるのか?

名越先生は、こう言っています。

「新しい世界には『小さな窓』から出る」という言葉がありますが、一日のうちほんの少しの短い時間、ほんの少しだけ変えることから始めてみてください。それを二週間、継続できれば、それが変化への一歩となります。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p196

でっかく一歩を踏み出そうとすると、変化が大きすぎて戸惑うし、疲れてしまうかもしれない。

少しずつでいいから、できることをコツコツやっていけば、ゆっくりペースだけど確実に自分を変えられる、ということを言っているんだと思います。

そして、自分を変える行動は、やはり「群れ」の中ではなく、ソロタイムのときに始めることが大切なんだろうな。

初対面の人や苦手な人には自分から少しずつ歩み寄る

第6講「もう一度、人と出会う」に書かれている内容です。

自分を否定されたらどうしよう、無視されたらどうしよう、仲良くなれなかったら嫌だな……。私たちは初対面の相手や、少し苦手な人に会う時、無意識のうちに不安を覚えています。

それは言わば、他人が「敵」として感じられている状態と言えるでしょう。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p234

初対面の人や苦手な人に対して不安感を覚えるのは、その人のことを「敵」と見ているから、ということです。

最初、この内容を見たときは「えー?!」と思ってしまいましたが、言われてみればそうかもしれません。

相手に対して不安感を覚えたら、自分から近づこうとしない。

でも、ずっとその人のことを「敵」と見ていて、向こうから歩み寄ってくれるのを待っているのであれば、それは相手へ「依存」していることになる。

さらに、名越先生は、こう言っています。

可能な範囲で、自分のほうから緊張をほぐし、相手を「味方」に変えていく方法を、自分なりにつくっておくことをお勧めします。

出典:『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』p234

やはり、自分を変えて、自分から歩み寄っていくことが大切なんだな…。

相手のことを

「苦手…」

「無視されたらどうしよう…」

というのは、自らがそういう気持ちを勝手に作っていること。

だったら、自分から歩み寄って「この人には、こういう良いところがあったのか!」とポジティブな感情も、自ら抱くこともできるんですよね。

そうやって自分から行動して変えていけば、「群れ」の中でもうまく生きていくことができるのかもしれないな、と思いました。

まとめ

『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』は、「人の目を気にしすぎる…」という方は一度読んでみてもいい本だと思います。

私の場合、この本を読んで自分がいかに他人に依存していて、気持ち的に自立していないかを思い知らされたのですが、同時に自分を変える一歩を踏み出す勇気をもらえました。

いきなり人の目を全く気にしないというのは難しいですが、少しずつ自分と向き合い、他人に依存しない生き方を実現できたらいいな、と思っています。

興味のある方は、読んでみてくださいね。

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